以前、同じテーマで書いた記事があります。
でも、どうしても言い足りなくて、今の視点で書き直しました。
▶ 前回の記事はこちら
家族を助けようと決めてから、人生もお金もおかしくなった
正直、自分の生い立ちを書くのをためらっていました。
ですが、今回の記事に関連する部分だけ、思い切って書くことにしました。
■ 生い立ちと、背負わされた言葉
小学校5年生のとき
北海道で実父と祖母と暮らしていたわたしは
九州にいる実母に引き取られ、その後東京で継父と暮らすことになりました。
継父は真面目な人でしたが、酒癖が悪く、家で暴れることが何度もありました。
そのたびに母は言いました。
「中学を出たら働け。そうすれば別れられる」
子どもに背負わせる言葉ではありません。
でも当時のわたしは、
親の尻ぬぐいをするつもりはありませんでした。
自分の人生は自分のものだと思っていたからです。
■ 3人で暮らせるはずだったのに
高校卒業後、新卒で就職しました。
ちょうどその頃、別居していた継父が家に戻り、また酒に飲まれて暴れる日々が始まりました。
本当は、この時点でわたしだけでも家を出ればよかった。
でもできなかった。
母と離れたくなかった。
弟を置いていけなかった。
その後、母は離婚。
わずかな貯金で3人暮らしのアパートを借りました。
わたしは毎月7〜8万円を家に入れていました。
でも弟は働かず、問題を起こし、警察にも世話になっていました。
それでも母は弟を守りました。
わたしは生活費を入れていましたが、
家庭の空気はよくなりませんでした。
皆で支え合っていきたかったのに。
なぜ、それが叶わないのか。
絶望でした。
■ 家族を助けようと決めた瞬間
当時のわたしは、いろいろな人にこの状況を話しました。
返ってきた言葉は

もっと親を助けてもいい

育ててもらったのだから恩を返してもいい
そんなものばかりでした。
わたしは
必要以上に背負わない
自分のことは自分で責任を持つ
そう思っていたはずなのに
それが間違いのように感じました。
そこで、少しずつ軸が揺れました。
それでも、わたしは決めました。
家族を助けよう、と。
自分のことすら整っていないのに。
■ 役割を間違えたまま頑張った結果
仕事はうまくいかず、転職を繰り返しました。
理想の自分に現実が追いついていないのに
ちゃんとしている人でいたかった。
家族も助けて
仕事もして
遊びもして
潰れていない人間。
そう見られたかった。
足りないものを埋めるように、借金をしました。
でも、わたしが頑張れば頑張るほど
家族はまとまるどころか、バラバラになっていきました。
今なら分かります。
あのとき狂い始めたのは
お金のせいでも、仕事のせいでもなく
役割を間違えたからでした。
親の人生を立て直すのは、子どもの役目ではない。
それなのに、わたしはそこに踏み込んだ。
正直に言えば
お金を出せば可愛がってもらえるかもしれない
そんな期待もどこかにありました。
やりたくなかった。
でもやるべきだと思い込んだ。
そこから、判断は少しずつ他人軸になっていきました。
人の目を気にし
ブレ続け
仕事も安定せず
借金も減らず
お金を出せなくなると、家族との距離も広がりました。
全部、空回りでした。
最近まで

もっと稼げていたら、何とかなったのでは
そう思っていました。
でも違いました。
それは、わたしのやることではなかった。
■ その癖は、夫にも向いていた
つい最近まで
実母や弟にしていたことを、夫にもしていました。
先回りして動く。
困る前に手を出す。
頼まれていないのに支える。
それが優しさだと思っていました。
でも違いました。
今は、夫のやることに先回りはせず

手伝おうか?
こう聞くようにしています。
人を助けているつもりで
結果的に、その人の役割を奪っていたのかもしれません。
わたしは支えているつもりでも
相手の力を信じていないことでもありました。
それは、優しさではありませんでした。
■ 任せるという選択
このことに気づいてから、
夫はわたしにお願いができるようになりました。
以前は、わたしが先回りして動いてしまうから、
頼む前に終わっていたのだと思います。

これお願い
今は、夫からこう言われることが増えました。
雪かきのような力仕事や
外での作業が必要なときは、ちゃんと動いてくれます。

わたしが先に奪っていただけで
夫には夫の役割がありました。
■ 50代半ばで見えたもの
人には、その場面ごとに役割があるということ。
その役割を奪うことは、 相手の尊厳を傷つけることでもありました。
支えているつもりが、 相手が大人になる機会を奪っていたのかもしれません。
そして、 わたしがいつも抱いていた夫への不満は
夫だけの問題ではないと分かりました。
先に動き
先に決め
先に背負っていたのは、わたしでした。
その結果だったのだと。
50代半ばにして、ようやく気付きました。


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